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ベイルート日記*レバノン ベイルートから幅広い情報をお伝えします。 |
*記事を書かれているさえさんは、無事でいらっしゃいますが、しばらく記事の更新ができない状況です。
下記のWebサイトでは、日本ではなかなか報道されないレバノンの現状が、写真を交えて報告されています。
目を覆いたくなるような写真も多数ございます。予めご理解の上、アクセスしてください。
→→ 「 HALT THE GENOCIDE IN LEBANON !!!! 」レバノンでの虐殺を停止せよ!(英語サイト)
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イスラエルの攻撃地図
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2006年11月21日(火) 今日ピエールジュマイエルが暗殺されました。 レバノン人が私の隣人なのですぐにニュースが届きました。 本当にレバノンはどうなっていくのでしょうか。 ハリーリの息子はすぐに何の事実も確認される前にシリアを責めていました。 ジャアジャアはヒズボラを責め、内部の対立がどんどん深まっています。 戦争が終わってから本当に内政が不安定になっています。 ただでさえいびつな政治体制なのに。 レバノンなどにいる友人にメールを送ったらみんなまたどんよりしていました。 本当に平和が来ることを望みます。 明日から金曜まで国は喪に服すそうです。 本当だったら明日は独立記念日でお祝いの日なのですが、多分キャンセルでしょう。 12月にレバノンにしばらく戻るのですが、状況が悪化しないことを望みます。 中東ニュース ( 2006 年11 月22 日 07:57 ) |
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2006年6月9日(金) 昨日ザルカウィが死亡したとのニュースが世界を駆け巡りました。 レバノンもその例外ではなく、レバノンTVなどでも詳しく扱っていました。 ただ、人々は全然関心がないようです。 何人かのレバノン人の友達と会いましたが私が切り出さない限り話がでません。 イラク人の同僚は私が情報を流すとすぐにネットで調べていました。 ほかの人は「あっ、そう」みたいな感じです。 ヨルダンのザルカ(ザルカウィの地元)には何度も行っており、今も友達がいます。 果たしてどのように彼の死が受け入れられているのか興味深いです。 次回ヨルダンに行ったときにでも聞いてみようと思います。 中東ニュース ( 2006 年06 月09 日 22:20 ) |
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2006年2月15日(水) 昨日はハリーリの一周忌でした。 バレンタインなんて私の周りでは何も感じず、ただただハリーリの日。 もちろんベイルートはデモムード。 約500,000人が集まったようです。(シーア派は参加していません) 彼の息子のサアドも国外避難から戻ってきて毎日インタビューを受けています。 デモにも参加していました。(ジュンブラットやジャアジャアもいました。) 最後のシリアの内政干渉である(表向きは)ラフード大統領に対して退陣しろと叫び、 レバノンが何よりも最初に来る、というメッセージを彼は盛んに言っていました。 さて、レバノン人が本当にレバノンのことを真剣に考えてデモに参加しているのか といえば決してそうではありません。騒ぎが好きで参加している人もいます。 政治的にも社会的にも絡み合った関係がなかなか前に進まなくしている気がします。 暗殺だって今に始まったことではないし(デモでもかなり叫ばれていましたけどね)、 シリアの内政干渉が本当に終わっている、もしくは終わりそうだ、ということも 確認できないし。先は見えませんね。 次のデモはきっと3月14日です。 中東ニュース ( 2006 年02 月15 日 23:55 ) |
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2006年2月7日(火) 世界中で大きな波紋を呼んでいる風刺画にムハンマドが書かれた事件。 デンマークに始まり、ほかのヨーロッパ諸国でも1月に新聞に載りました。 日曜日の在レバノン・デンマーク大使館襲撃事件では大騒ぎ。 前の日の土曜日に在シリア同大使館が襲われ、もともとデモは予定されていたのにレバノンでは何の予防策も取られていませんでした。(取られていたのかもしれませんが、十分ではありませんでした。)1人死亡、30人くらい怪我したようです。 逮捕された人の半分くらいはシリア人とパレスチナ人と言われています。 9日にはシーア派のアシューラが祝われ、14日にはハリーリ暗殺1年です。 今週来週とたくさんのデモが予想されます。 中東ニュース ( 2006 年02 月07 日 21:07 ) |
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2006年1月6日(金) 水曜日の夜、ニュース速報でシャロンがまた倒れたという情報が流れました。 2日たった現在は職務復帰できる見込みがないと医師団が発表したということです。 どこの新聞もこれで中東政治バランスが崩れると予想しています。 シャロンだけがパレスチナとの和平を実現できると言われ、中東政治の世界から消えてしまうことを恐れている人がたくさんいます。 皮肉だな、と思うことは戦争犯罪を犯して本来ならば法の下に裁かれていないといけない人物が和平を実現できる唯一の人物とみなされていることです。 特にレバノンにいるパレスチナ人は若い人でもシャロンのことを憎んでいる人が多いです。 サブラ・シャティーラのことはそう簡単には忘れられないでしょう。 イスラエル国内政治でもネタニヤフはほくそ笑んでいるだろうと予想しています。 シャロンが新しい政党「カディマ」を作ってリクードを離脱した後、ネタニヤフがリクードの代表になりました。 ネタニヤフが内閣にいたリクード党員に内閣職を辞めるように要請を出したすぐ後シャロンが倒れたのです。 もちろんその後内閣職を離れる要請は取り消されました。 3月に控えている選挙ではカディマ党が有力視されていましたが現在は??です。 シャロンが復帰しない限り(ほぼ不可能だとは思います)カディマは勝てないでしょう。 私の友人はシャロンはすでに死んでいて、アラファトの時と同じように死が隠されているだけだと。 シャロンの後に内政をどう動かしていくかを決めてから発表するにきまっている、といっていました。 まあ死んでいるかどうかの真偽は別として、イスラエルの内政は大きく揺れています。 これからの動きに注目が集まります。 中東ニュース ( 2006 年01 月06 日 17:51 ) |
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2005年11月10日(木) 昨夜9時ごろアンマンの3つの主要ホテルで爆弾が爆発しました。 BREAKING NEWSではどんどん死者の数が増えてはじめは少なくとも18人と言われていたのが、今では57人が亡くなったと報道されています。 ラディソンサスホテルでは結婚式が行われていて、その式場で爆発があったそうです。 新郎も新婦もこの爆発でお父さんをなくしたようです。 今までヨルダン政府はいくつかの爆発計画を未然に防いでいて、計画首謀者を逮捕してきました。そんななかでの今回の爆弾は少し緊張が緩んでいたのか、それともイラクからたくさんの流民があるからなのか、ほかの理由からなのか、まだ分かりません。 国境も閉めたという話もうわさで聞きましたがイラク国境なのか、シリア国境なのか、サウジ国境なのか、パレスチナ(イスラエル)国境なのかも分かりません。 私の友人たちには昨晩のうちに連絡が取れ、ほっと一息。 中東ニュース ( 2005 年11 月10 日 18:35 ) |
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2005年6月30日(木) イスラエルとレバノンの和平は・・・なんて先日話していたらまた事件が。 ご存知の方も多いかと思いますが、昨日シャバア・ファーム付近で イスラエル軍がレバノン領からイスラエルに侵入してきたヒズボラのゲリラに 向かって攻撃したと発表しました。その前日ヒズボラのゲリラがイスラエル兵を ロケット攻撃で死亡させたそうです。 イスラエルはレバノン政府に対し、国境付近のコントロールを確保し、ヒズボラの 侵入を防ぐべきだと訴えています。 どうもこうもシリアとイスラエルの和平交渉が再開されない限りなかなかレバノンの イスラエルとの和平の可能性は低いようです。 つい最近デンマーク人の友人と話をしたときにでた究極論をひとつ。 彼女はイスラエル人とレバノン人はとっても性格が似ていると言っています。 特にクリスチャンのレバノン人がイスラエル人にそっくりだと言っていました。 そこで、パレスチナ人と、彼らと同調する人々を全てパレスチナに送ると同時に イスラエル人をレバノンに送ってレバノン人と共生させるというものです。 もちろん非現実的なのですが、ベイルートとテルアビブは非常によく似ているし、 確かに似ている国民性を持っていることも否定できません。 パレスチナ人だったら喜んで受け入れるでしょうね。 が、イスラエル人、レバノン人には到底受け入れられない提案でしょう。 中東ニュース ( 2005 年06 月30 日 18:48 ) |
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2005年6月23日(木) 選挙について・・・なんて難しい課題でしょう。 レバノンに住んでいても、中東について勉強しても、これだ、という答えはないです。 なので自分の考えること、感じることを少し書いてみたいと思います。 今回の選挙では国際的な期待が高かった割には投票率が低かった。 これはあたっていると思います。 ハリーリ暗殺後数多くのデモが行われ、反シリア・政府勢力が力を増しました。 レバノン人の新しい流れへの期待が高い投票率を予想させたのではないでしょうか。 実際選挙が始まってみると、たとえばベイルートではクリスチャンの多くは投票をボイコットしました。これは選挙法で規定された選挙区に不満だったからです。 また、選挙前に話し合いが行われ、同じブロック内で票が割れないように候補者が立候補を取りやめたりして投票なしで当選者が決まっている区もありました。 北レバノンでは元首相のカラミ氏は選挙に出馬しませんでした。 選挙戦を見ている中で「どうせハリーリ派が勝つに決まっている」という考えの人と、「どうせ何も変わらない」という人々が混在していた気がします。 これが投票率が低かったひとつの理由だと思います。 宗派主義からの脱却、これはかなり難しいのではないかと思います。 選挙も各宗派への割り当てて行われました。 選挙戦の中でも「○○地区のクリスチャンのために」などという言葉も聞きました。 かといえばハリーリのリストにはクリスチャンも含まれています。 (もちろんスンニだけで過半数は取れませんから当たり前なのですが) どこかのニュースで、政治の風向きは変わってきているが政治家は変わっていない、といっていました。時には反シリア、時には親イスラエル、と政治家は変わっていないのに中身は時代によって変わっているということです。 現に暗殺されたハリーリもジュンブラットも一時は親シリアと見られていました。 これがプラグマティズムだと思うのですが、この選挙に限ったことではなく、歴史がそれを証明していると感じます。 面白いのは、選挙戦中、政策はどの候補者もほとんど触れていませんでした。 ただレバノンの統合、反シリアが叫ばれていました。 つまり、国民は政治家が何をしようとしているのかを吟味して投票するのではなく、感情や損得、時の流れにしたがって投票をしたのではないでしょうか。 また、お互いの候補者を攻撃するのはどこの国も似たり寄ったりです。 投票については、国外投票は認められていません。 聞くところによると有権者登録にもひどく時間がかかり、中には選挙に間に合わなかった人もいたと聞きました。(これは本当かわかりません) シリアやイスラエルとの関係も五里霧中です。 一時期シリア大使館がベイルートにできるといううわさがありましたがその後どうなったかはわかりません。 ヒズボラはパレスチナ問題が片付くまで抵抗組織であり続けると言っています。 国際社会はヒズボラの武装解除をいっそう求めてくるでしょう(シリアとの関係も影響していると思うのですが)。 多くのクリスチャンはパレスチナ人に対していい感情を持っていません。 ということは、イスラエルと友好関係になることには何の問題もありません。 今でもパレスチナ難民が多く存在し、キャンプでも生活を余儀なくされています。 そしてそれを疎ましく思っているレバノン人もかなりいます。 新政府はパレスチナ問題、対シリア問題を解決せずにイスラエルとの友好関係を築こうとはしないはずです。また、それ以前に国内の安定がまず必要です。 中東ニュース ( 2005 年06 月23 日 22:06 ) |
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2005年6月21日(火) 「ニュース速報」 つい先ほどベイルート通信を書いたばかりなのにまた爆弾です。 先日の反シリアジャーナリストに続いて2人目の反シリア要人が犠牲者です。 (私的にはあまり反シリアと言いたくないのですが、ニュースで書かれているので。) 元共産党党首のジョージ・ハーウィが車に仕掛けられた爆弾で今朝暗殺されました。 ハーウィはクリスチャンで、シリアの諜報機関やレバノンへの関与を常に批判していたそうです。 中東ニュース ( 2005 年06 月21 日 16:47 ) |
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2005年3月23日(水) 今日の朝(夜中)ベイルート北方のジュニエで爆弾事件がありました。 先週の金曜日夜中に続いてのキリスト教徒地区での爆弾事件です。 詳細はまだわかりませんが、2−3人亡くなったようです。 選挙については最近の動向はまだ調べていないのですが、昔の記憶をたどると まずムスリムとクリスチャンが128議席を半分半分に分けて、それから 1932年に行われた人口調査の宗派パーセンテージによって各宗教内でさらに 国会での代表率が決まっていたはずです。その後もちろんシーア派などのほうが 出産率が高いので確実にパーセンテージを上げてきているはずですが選挙には反映 されていないと思います。 選挙権は21歳以上です。 同僚に聞いた話によると、選挙法もいろいろ変わるそうで、選挙区などはまだ わからないそうです。1990年に改正された選挙法では14選挙区でした。 ラフード大統領は野党に国民連合政府を結成しようと訴えていますが、 ドルーズのジュンブラットなどは応じていません。彼は選挙はシリアが完全に 撤退した状態で行われるべきだと主張しています。 先の見えないレバノンです。 中東ニュース ( 2005 年03 月23 日 16:06 ) |
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2005年3月15日 朝仕事に向かおうと家を出るとまた目の前にレバノン兵が。 気になってシリア諜報機関員宅(事務所ではなく家だったのです)のほうを見てみるとビルの前にトラック。 荷台には椅子やソファー、机などが積まれていました。 3月末までに軍と諜報機関を撤退するのが現実化しているようです。 日曜夜にアンマンからの帰り道、レバノン・シリア国境ではデモが行われていました。 シリア軍のトラックが十数台列を成して国境を越えていました。 レバノン側ではフェンスが張られ、そこで数百人の人がシリア、レバノン、そして なぜかパレスチナの旗を持ってシリア軍を見送っていました。 このデモは反シリアではなく、ありがとうシリア、だそうです。 シーア派のデモだったんですね。 昨日の大きなデモは反シリアで、約100万人集まったそうです。 友人も参加していました。 私は家にいてもクラクションを鳴らして走っていく車や人々の掛け声が聞こえました。 仕事自体は12時過ぎに帰りなさいといわれたのでした。 (3時からデモが予定されていたので。) ハリーリの暗殺以来全てがスローダウンしています。 物事がスムーズに進みません。 中東ニュース ( 2005 年03 月15 日 18:53 ) |
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朝仕事に向かおうと門を開けると、2人の兵隊さんが目の前に。 レバノン兵なのですが、なんで? 私の住む通りには多分シリアの諜報機関支部があるんです。 (はっきりとわからないのはどの人が信用できてそういう質問が できるかわからないからなのです。誰がスパイか、本当にわかりません) 土曜日にもピックアップに乗ったレバノン兵たちが通りに。 シリア人の動向を見張っているのでしょうか。 仕事場の周りにも兵士が待機するようになっています。 同僚によるとデモに備えているそうです。 今日シリアとレバノンの大統領が会ってシリア軍撤退について話している はずです。 明日はヒズボラの主導による大規模のプロ・シリアデモがあります。 そのため仕事はお休みになります。 ヒズボラが表に立っているため、かなりのシーア派が参加しそうです。 場所は反シリアデモが毎日行われているところのすぐそばです。 何かが起こるかも知れません。 中東ニュース ( 2005 年03 月07 日 21:49 ) |
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昨日(3月2日)事件後行方不明になっていた死体がようやく 発見されました。 こう聞くとどんなに大変な作業をして発見されたのか、と 思う人が多いと思います。 真相は全くそうではないのです。 ハリーリの暗殺からすでに2週間以上が経っています。 その間行方不明になっていた人の家族は死体を捜してくれと 何度も訴えていたらしいのです。政府は全く動かず、 そのままになっていました。 銀行にはこのなくなった方の口座があるそうなのですが、 家族とは言え本人が亡くなったという証拠、あるいは 行方不明になってから5年待たないと口座に手をつけられない、 そんな法律があるようです。 毎日のように家族がテレビで訴えかけ、しまいには デモで普通の国民が死体の発掘を訴えたのです。 するとようやく家族が現場に入ると同時に死体の発掘が 始まったそうです。 さてその死体ですが、すぐに見つかりました。 瓦礫の下、なんとたかが10センチのところに埋もれていたんだそうです。 これには絶対隠さなければならない何かがあるはずです。 でなければきちんと調べて発見していたはずです。 今日は告別式が行われました。 その様子もテレビでずっと報道され、デモのようになっていたそうです。 シリア出て行け、というデモもまだ続いています。 中東ニュース ( 2005 年03 月04 日 00:51 ) |
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2005年3月1日 長らくアップせず申し訳ありません。 ハリーリ暗殺後ろくに仕事に出ていないもので、 仕事に出るときには結構忙しいんです。 私の2月14日を振り返って見ます。 朝普通に出勤し、いつもの月曜日と同じように 少しゆっくり目のペースで仕事をしていると、 同僚が駆け込んできて、「爆弾事件」と叫びました。 場所を聞くと、ダウンタウンの海辺だといいます。 私の家から車で10分以内の場所です。 その後すぐにインターネットで調べるとCNNでは すでにその事件が報道されていました。 ハリーリがターゲットになったことも載っていました。 こうなると職場でも仕事をする人は誰もいません。 全員が友人知人に連絡をつけようとしていましたが、 携帯電話は事件後2−3時間通じませんでした。 テレビをつけると生々しい、そして痛々しい様子が 逐次報道されていました。血だらけの人、燃えた車から 人が燃えながら助けられている場面、完全に焦げて 固まってしまった人、爆風で全ての窓ガラスが壊れている 五つ星ホテルなどなど。 その日は早く仕事から返され、家から出るなといわれました。 そして丸1週間出勤が許されませんでした。 毎日テレビで葬儀の様子、家族の弔問客受付、 国民の反応などを見てすごしていました。 いまだに人々はショックから立ち直ってはいません。 ハリーリの墓には毎日絶え間なく人々が訪れ、 花を捧げてろうそくに火をともしています。 勉強したもののレバノンの政治詳細について全部を覚えて いるわけではなかったので、ここまで緊迫していたとは私も 気づきませんでした。もちろん政治的には複雑な国で、 15年も続いた内戦、その後も駐留し続けるシリア兵、 南部でのヒズボラとイスラエルの交戦、ナショナリズム より宗派を大切にする国民性、宗教によって政治的ポスト が決まっている政府など、まだまだ不安定な要素が存在 しているのは知っているけれど、ハリーリがまさか暗殺される なんて。経済的な復興を支えていたのが暗殺されたハリーリ だっただけに国民は相当のショックを受けていました。 中には内戦がまた起こるのではないかと心配している人も います。シリアを攻めている人が多いけれど、個人的には シリアにはメリットがそんなにないと思います。もちろん 諜報活動は行っているから暗殺が行われることは知っていた だろうけど、実際に益があるのはほかの国ではないでしょうか。 実はアメリカも関与していたと私は思っています。(いつもの とおり) そして昨日内閣が辞任しました。 先の見通しは何もありません。 仕事にもかなりの影響がでています。 今日も本当は出勤してはいけない日なのです。 毎週のようにデモが行われているので、国連関係者は自宅待機。 いつまでこの不安定な状態が続くのでしょうか。 先週お墓に行ってきました。 そばでハリーリのポスターを売っている人をみてがっかり。 こんなところでまで商売するのかい! 中東ニュース ( 2005 年03 月01 日 19:46 ) |
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昨日の朝職員の一人が「アブ アンマールが死んでカイロで葬式だ」と 伝えてきました。ずっと意識不明で、ニュースでは死んだとか、まだ 生きているとか、植物人間になったとか、いろいろな情報が飛び交って いましたが、いよいよ亡くなってしまいましたね。 今ちょうどライブの映像で各国の国家代表が集まっているのを見ました。 アラブ諸国はほぼ全部で大統領など一番偉い人が来ているのに、 ヨーロッパやアメリカはイギリスでようやくジャック ストローどまり。 最後ぐらい礼儀を尽くしてあげてもよいのに、と思った次第です。 私の上司は、ブッシュもこの機会を使って自分は「和平を推進しようと している」姿を世界に見せることができたかもしれないのに、と つぶやいていました。 イスラエルからは政府関係者は誰も来ないそうです。 人々はアラファトを嫌いだといっていた人も何気に落ち込んでいる様子。 どこかでシンボルとしてのアラファトの存在はやはり大きかったのでしょう。 ここではまだキャンプに行っていないのでどんな様子なのかはお伝えできません。 どうか平安がすべての関係者の上にありますように。 ん?これってアラビア語だと になるのでは?(人称はちょいと違いますが。) ほんと、平和と平安、どちらも早くパレスチナにきますように。 アラファトさんが亡くなられたときの半旗の写真です。 / 中東ニュース ( 2004 年11 月12 日 19:19 ) |
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今週水曜日、レバノンの大富豪ハリーリ首相が退陣しました。 (この件については政治的、歴史的背景も色濃くて説明が ややこしくなるので省きます。) 今日金曜日に新しい首相が大統領によって任命されたのですが、 首相交代で各省があまりお仕事になっていないらしいのです。 (真相は定かではありません) 仕事の用があって外務省に連絡をしなければならなかったのですが、 同僚に「外務省は今日は閉まっている」と嘘をつかれました。 嘘をつかれたことに腹をたてていたのですが、まんざら嘘でもない らしいのです。 上司に確認すると、今度は「そんな情報外務省に頼んだら2ヶ月 経ったって手元に来ないわよ!」なんて言われました。直接外務省の 人と話したときには2日で渡すって言われたのに。 外務省も、そして私の職場も本当に官僚主義で、何をするにも オフィシャルレター。そして上司を通してなんでもします。 上司が外務省が働かないと思えば、どんなに自分が必要な情報だと 思っても「放っておきなさい」といわれてしまいます。 外務省を相手にするのも、「放っておきなさい」 という上司も、「閉まっている」と説明もせずに嘘をつく同僚も、 なんか疲れてしまいます。 ま、こんなのどこでも一緒なのかしら? 中東ニュース ( 2004 年10 月22 日 19:18 ) |
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