言語と文化背景は分離できないものなのだなあとつくづく思う。
そういうものを排除した形で出てきたザメンホフのエスペラントも
西欧そのものでした。
外国語の修得者、学習者をみてると、簡単に分けて二つに分かれるといわれる。
「信奉」と「反発」、もちろん実際には個人の中で揺れ動いてるはずだけども。
知らず知らずにその国の人間の見方、感じ方になっていて驚くことがある。
タイで暮らした影響で、私は、うどんそばで音を出すことが出来ない。聞くことも耐えられない。トイレはウオシュウレットでしか出来ない。トイレットペーパーは不潔で耐えられない。日本に帰って来て初めて気がついたのだけど、この感覚は今もなくなりません。目の前でズーッとスープ食べられるとホント吐き気がします。でも、表情には一切出しません。
英国に留学してきた友人は、日本人をバカにしてたけど、英国に適応しちゃったんですね。元々人を小バカにする性格が、その言語と合ったんでしょうか。彼個人の内部では、屈折した思いがあるかもしれない。マイケル・ジャクソンのように。
そういう影響をなるべく排除したいけど、上を目指すならそういう所を通過しない
( 作成日時 : 2003/12/24(Wed) 13:41:54 )